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概要

20150218-0005-001

38 第2 章 匠の技のときは石を削はつらんで、そのモルタルば落とさんといかんかった。石は黒くモルタルは白い。色は違うが石とモルタルは接着しやすかけん、どうにもならんて思った。しかし、勢いよく水を吹き出すスプレー式の洗車機のようなものを使うて、モルタルのついた石材にお湯のシャワーをかけると石を削らずに、きれいにモルタルが落ちた。文化財を扱う仕事は、特別に神経を使わんといかんもんたい」 「霊台橋の現場では工事主任の木村勉さんから、工事した部分が新しく見えるような仕事はしてくれるなと言われた。造られたのが江戸時代なら江戸時代風に、築造当時のままに見ゆるごと修復せんといかんていうことたい。腕のある職人はきれいに積みたかて思うばってん、きれいに積んだところだけが現代風に見えてはいかん。文化財ば扱うけんな、現場責任者の指示されたごつ作業ば進めた」大規模な石橋移設復元工事 霊台橋保存修理工事竣工後も竹部さんは、豪雨後の同橋の細かな修理や緑川上流域の自然遊歩道整備に伴う石積みの仕事などを行っていたが、同橋竣工から16年後の1996(平成8)年、竹部光春さん(当時63歳)に再び重要文化財に関わる仕事が依頼される。その仕事は鹿児島市の甲こうつきがわ突川に架かる西田橋の移設復元工事だった。西田橋(鹿児島市の石橋記念公園) 西田橋は、鹿児島市の中心を流れる甲突川に架かっていた。江戸時代、鶴丸城を出発する島津家参勤交代の道筋にあり、城下の玄関口に位置していた。かつては木造の橋が架かっていたが、城下整備の一環として河川改修と合わせ、1846(弘化3)年に橋長49.5㍍、橋幅6.2㍍の石造4連アーチ橋に架け替えられた。甲突川にはほかにも上流から、玉江橋、新上橋、高麗橋、武之橋が架けられた。天保年間の藩財政の